狭山丘陵・里山ランを3時間楽しみました
午前中はピアノの調律師が来るというので避難。近くの狭山丘陵をランニングして遊んだ。周回道路から何回も里に下りては登り返したがやっぱり日本の里山は守らないといけない。TPPに参加しても日本の豊かな農村を守り抜くと野田総理が明言したが必ず後の為政者も同じ気持ちでいてほしい。日本の農村は綺麗だ。里山は豊かな自然が人間と共存している。箱庭のようだ。そんな思いを強く感じた3時間の山走りだった。
午前中はピアノの調律師が来るというので避難。近くの狭山丘陵をランニングして遊んだ。周回道路から何回も里に下りては登り返したがやっぱり日本の里山は守らないといけない。TPPに参加しても日本の豊かな農村を守り抜くと野田総理が明言したが必ず後の為政者も同じ気持ちでいてほしい。日本の農村は綺麗だ。里山は豊かな自然が人間と共存している。箱庭のようだ。そんな思いを強く感じた3時間の山走りだった。
若いころにアメリカに滞在していた。その頃知り合った福井県出身のNさん。
同年代でかつては同じ会社に所属していたことが縁でお付き合いをしてきた。そう、彼も滞米中はいわゆるハウスボーイをしていた。つまり、お金持ちの家に住み込んで雑用をしながらそこでその家の食事のおこぼれを頂戴するような仕事。雑用と言っても毎日1時間程度の掃除とか食事の後かたずけだけでわずかながら手当(確か毎月100ドルだった)ももらえる。
その人の本棚にどんな本が並んでいるかと言うことでその人の興味がよくわかります。そして最近はどんなアプリをスマートフォンに入れているかでその人の興味がわかるんでしょう。
私のiPad2にはこんなのが入っています。いずれも日常的に使っているもの。iPhone4にもほぼ同様のアプリが入っている。これ以外にもたくさんインストールしてあるがほとんど使っていない。使うアプリは限られますね。
ランニングを始めてからと言うもの自転車に乗る機会がめっきりと減ってきた。記録を見ると月に一度になっている。今日はしばらく乗ってなかった白いクロモリのアミーゴ2世号で出走。
最終目的地はヤビツ峠を裏側から。大垂水峠、牧馬峠、宮ケ瀬湖、そしてヤビツ峠。と走った。牧馬峠は初めてだったが最後の1Kmがまさに激坂。15%を超えてました。
秋の陽はつるべ落としと言われるようにヤビツを下っているころには太陽もだいぶ傾いていた。で、秦野から輪行で帰宅。長距離を走った訳ではないがそれなりの峠を越えて、山椒は小粒でもぴりりと辛い、と言った感じの一日だった。
定年退職が65歳の会社に勤務している。10月にめでたく定年を迎えた方がおられて昨日はその方のお祝いの集いがあった。
大学研究室でしばらく過ごした後で当社に入社。自社製品の研究開発を中心に20年間貢献されてきた立派な方です。医療関係者、政府(厚生労働省)、学会でも一目置かれるような仕事をされてき。私が入社した当時は確か北海道の研究開発センターにおられたような気がする。
自治会活動でいつも使っている地元の熊野神社社務所兼公会堂。戦前に建てられたようです。したがっていたるところに不都合がでていて今にも崩壊するような状態が何年も続いている。
内部を見ると柱の一部がくずれて窓枠が落ち込んでいたりする。畳を踏むと今にも床が抜けそうだ。かかっている鏡も斜めになっている。
誰もが、もう建て替える必要がある、と感じてきた。ところが実際に建て替えとなると話は遅々として進まずに現在に至っている。
私にとっては一大事だった初のウルトラマラソンが終わってすでに5日が経過。大腿筋の痛みもなくなって先日はリハビリランとして出勤前に5Kmほど走ってみた。日常が戻ったような気がします。
いくつかの覚え書き、と感想、反省。
「えっ、初めてのウルトラがこれ(伊南川100kmウルトラ遠足)ですか」「最初だったら別のにしたらどうですか」。。。。と言うのが大会前にお会いしたベテランランナー諸氏からの反応。確かに大変でした。
何しろまず40Km先の標高1700の沼山峠まで1000m以上の登り。そしてここを下ったあと65Km走った挙句に改めて400mの峠越えがある。さらに、疲れ切った95Kmの地点でちらっとゴールを見てからさらに真っ暗な山道を一旦登らされてようやくゴール。こんなウルトラマラソンのコースはどこにもない。
どの市町村でもかつては秋の運動会は地域の重要なイベントだった。それが時代の流れなのかその強制的な運営に批判がでて意義を失ってきた。わが市でもしばらく運動会は小中学校で行われるもの以外には市民のための運動会は開かれてこなかった。運動会がないと言う現実を経験してみてまた市民から復活の声が上がってきた。そして6年前に復活したのがこの「ふれあいスポレク大会」。それまでのように自治会が半強制的に参加者を集めて運営するかたちからすべての種目を自由参加としたこと、自治会対抗と言う種目がなくなった、ことがそれまでの運動会との違い。だんだんと定着してきて参加者も増えてきた。ただし、小学生、その親御さん、老人会関係者、自治会役員、が主な参加者。ことしは子供たちがたくさん参加した。おそらく子供会の役員が声をかけたのでしょう。
正式なイベント名称は「わくわくマニュライフ生命 チャリティーラン & 駅伝 2011in 味スタ」というイベントに参加。ファン・ランもあるがその中の20Km駅伝に職場のチームで参加した。会社から全4チーム、16名が参加した。ひさびさの高速ランを苦しみ楽しんだ。