Category: 登山

50年の歴史を感じた一日

20代のころに所属していた山岳会が今年で50周年。当時の大学生が創立してこれまで50年。あまたの山岳会の中でもこれだけの歴史をもった会はそれほど多くはないでしょう。私は10期会員として入会し約10年間現役として活動した。春夏秋冬、ハイキング、沢登、縦走、岩登り、バリエーション、、、、オールラウンドの登山をしてきた。海外の山にも会として個人として何回かでかけてきた。

大きな誇りはこれまでに誰一人として遭難死がでていないこと。過去にはちいさな事故は何回か発生したがいずれも自力で対応してきた。

最近の会の活動は会のホームページを見るとしっかりとした活動内容であることがよくわかる。会員数は若い方を中心に30名前後を維持してこれまでやってきた。一時期はだいぶ減少した時期があったが50年間の歴史を作ってきた。こうした歴史の礎を作った初期の会員、そしてそれを受け継いで守ってきた会員、それぞれの努力がないとできない50年の歴史だ。

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昔の写真に出会いました

20代は登山に明け暮れていた。と言ってもサラリーマンだったので週末を使っていろいろな山に登っていた。春夏秋冬。社会人山岳会に入っていた。その山岳会は今年で創立50年。私は10期生。つまり入会以来40年が経過したわけだ。と言っても実際に会ととともに登山活動をしたのは10年たらず。今では一年位一度くらいOB・OG達と温泉泊で日帰り登山をする程度になっている。

それにしても50年も続いている山岳会はそれほど多くはない筈。かつてはいくたの山岳会があったが今ではかなり少なくなっていると思う。そのOBの一人が昔の写真をデジタル化してネット上にアップしてくれた。まだその数はすくないがその中に自分の写真を見つけた。懐かしい。

それぞれ別の場所、時期にとられたもののようだが思い出せない。左は5月連休の春山のようだ。右は後ろに剣岳が見える。前穂高か後立山から撮ったような感じ。八峰かも知れないが記憶は定かではない。

いずれにしても50周年の集いは来月計画されている。ひさびさに古い山男、山女に会えるので楽しみにしている。

250,000歩の支援 トレールウォーカー後記

100Kmの距離。そこを40cmの歩幅で歩くと250,000歩。通常の一か月分を二日で歩いたわけだ。筋肉痛もほとんど消えてきたが思い出はますます強く残っている。あの25万歩は何を意味しているのか原点に立ち返る必要がありそうだ。

城山競技場のSTARTゲートを出発してからただひたすら歩いた。ただ、ひたすら山中湖を目指して歩いた。何故?非日常的な体験をしたいという好奇心、完走(歩)した時の達成感を味わいたい、自分の体力・気力を確かめたい、楽しい二日間を過ごしたい。これらは皆正しいような気がする。

好奇心? 真夜中の山中を黙々と歩く。時折風が吹くと杉の大木がうなりを挙げる。急に冷える。寒い。そして夜明け直前のしらじらとした山の端。大きな月。これらは日常的には決して味わえない経験だ。明るさになれている都会人は常にライトを必要としない生活をしている。闇夜が静かさをさらに静かにさせてくれるのを体験した。

達成感? つらいことにあえて飛び込むとき、完遂した時の達成感を感じたいという理由が大きい。マラソンにしても長距離自転車ツアーにしても最後のゴールがあるから頑張れる。ゴールのないマラソン、長距離ツアーは考えれらない。その過程がいかに楽しいものでももしゴールが無かったら飛び込めるのか。この意味で先の展望が開けてない人生はつらいものだ。25万歩を歩いて山中湖に到達したときは十分に達成感を感じた。週末の日帰り自転車ツアーでも自宅に近づくにつれて感じる達成感。ランニングで最終目的地までの数キロメートルを走るときの達成感。こうした達成感は今回も当然強く感じた。

体力・気力? 時々現れる急登。急いで登ると息が切れる。楽に呼吸ができる速度にするとあまりにも歩みが遅くなる。バランスのとれたスピードで登り、歩いてきた。25万歩。この歩数に耐えられる体力はまだ残っているようだ。特に今回は同行の女性陣の速度が速くなかったので体力的には楽だった。それよりも大事なのが気力。はるかかなたのゴールを考えた時の第一歩はあまりにも小さい。千里の道も一歩から、と言われるが千里先を考えた時の一歩はあまりにも小さい。千里先を目指して進む、と言う意志、気力、そして気合が大事だ。そしてチームワーク。一人で歩く時と複数人で歩く時とで有利な点、不利な点がある。疲れてきたときにどれだけ我慢できるかが重要。今回の4人はみな大人だった。冷静にゴールを目指すと言う一つの目標は一致していた。そうした目標を達成するために4人がお互いに気を遣い気力を保ってきた。

楽しい二日間? 今回は絶好の気象条件、ルート条件、そしてチームメイトは娘のように若い御嬢さんたち。楽しく過ごすことができた。山中湖のゴールに飛び込む直前の明神山からの下りは整地された道を滑るように走り下った。そのスピード感が実に爽快、愉快だった。

こうして振り返ってみるとすべて良し、と言う感じだが本当かな。

このトレイルウォーカーはそもそも、途上国の紛争・災害時の緊急支援、教育・農業支援などの国際協力活動などを支援し、人々が貧困から立ち上がるための活動資金を集めることにある。当然、今回の東関東大震災の被災者にもその募金は使われるはず。

これを忘れてはいけない。この一瞬も飢餓で幼い子供が命を落としている。こうした現実を忘れてはならない。

トレイルウォーカーはこうした人たちを支援するのが目的。参加しているすべてのチームは最低12万円の募金を集めている。トレイルウォーカーに参加する人たちの一歩一歩が飢餓の子供達を救う一歩になっているわけだ。

Oxfamトレイルウォーカー

これ以上ないような天気、ベストなコースコンディション、素晴らしい大会運営、そして大人なチームメイト。三拍子も四拍子もそろったトレールウォーカーだった。こんな環境で二日間を過ごせたことがすごく幸せ。自分の健康、サーポートしてくれた方々、大会を主催運営してくれた方々に感謝するのみです。

5月13日朝9:00に小田原を出発して山道を延々と100Km歩いて(走る人もいる)最後は山中湖まで48時間以内に到着するチャリティーイベント。会社のチームで参加した。今年の参加チームは160余。参加者は650人以上。それにボランティアが各地に数百人。募金総額は数千万円。

コースと標高プロフィール図

小田原の城山競技場がスタート地点。行ってみると外人の多さが目立つ。そして金融系の外資からの参加が目につく。外人は2割くらいのイメージだが実際の値はわからない。

我々のチームはGirlsチームに私が混ぜてもらった混合チーム。

前夜までの雨がすっかりと上がって快晴、薫風の五月晴れになった。出発の時間になると前の方に陣取ったチームは一斉に走り始める。 トレイルウォーカーと言ってるがトレイルランニングをするチームもいくつかあり順位を争っている。ウォークとランの境界が決められないしそれを監視することもできないのでこうしてランするチームも当然でてくるだろうがあまり感心できない。順位を争うイベントではないと思っていた。いずれにしても、全チームはスタートしてトラックを二周してからトレールに入る。我々はゆっくりと歩いて進んだ。

CP1から2までは前回の試走(試歩)の記事にある。ここは全コースの中で一番気に入ったコースである。トレイルランにもってこいのコースでありいつか走ってみたい。この頃はまだチームの速度があまりかわらず多くのチームが前後に見えている。

前夜まで降り続いた雨によるコースコンディションが心配だったがこれは杞憂で、適度に湿った山道は柔らかく、滑らず、最高の状態だった。山道を歩き始めてほっと一安心した。新緑が目にまぶしい。

CP(CheckPoint)1は阿弥陀寺。各CPでチームの通過をチェックし食糧、飲料を提供する。各CPには、カップスープが3種類、ベーグルが二種類、バナナ、チョコレート、おにぎり、水、ポカリスエット、、、が置いてあり任意の補給食以外はここで調達できる。ただし、これ以外の品物、食料は別途サポート部隊を各チームが確保しておき各CPで補給を受けることはできる。これはチームによって大きく変わり我々は特別に食料の補給を受けるサポート隊は用意せず別の形でサポートしてもらった。中には主要なCPでキャンプして食事を用意するチームある。

CP2は箱根に下りて箱根ふぃらわーセンター。各CPではそれなりに大休止を取った。CP2からCP3の箱根恩賜公園までは舗装路を歩くことも多い。

CP3からCP4の芦ノ湖キャンプ村までは芦ノ湖の湖畔の小道をひたすら歩く。途中で暗くなったので各自ライトをつけた。ここで足を引きづって独りで歩いている参加者がいた。聞くと他のメンバーは先に進んでいるとか。これはルール違反。でも彼は一人で歩いていた。とりあえず痛み止めのアスピリンを提供した。後で調べてみるとこのチームは3人だけがゴールしたらしい。やっぱり彼は途中リタイヤしたのでしょう。

真っ暗になったCP4に到着。ここは主要なCPの一つで仮眠の場所もある。ストレッチサービスもある。夜になると冷え込んだ。我々はここに仮眠せずに近くのロッジに向かった。ここでサポートしてくれる職場の方が風呂を沸かし、食事を用意して待っていてくれた。ちょっと贅沢だがお金で体力を買った次第。一応これはルール内らしい。ただしCPを起点にすること。

サポーターの見送りを受けて二日目14日の早朝出発。

今日も快晴だ。CP4からCP5の途中に大雄山最乗寺までは明神ケ岳の登りがあるが特段に厳しくはない。途中で初めての富士山と遭遇。

そしてこんな不思議な岩もあった。

最乗寺は大きな山寺だ。杉の大木に囲まれた立派な寺。杉の林を通りぬけてくる皐月の風がなんともここちよい。ここにもCPが設けられて仮眠所等の面倒を見てくれる。どこのCPにもボランティアの老若男女が多く働いている。その一人一人が実に気持ち良く参加者を迎えてくれる。CPに入ってくると拍手で出迎えてくれ、出発するときも白書で送り出してくれる。励みになる。食料の提供をする人、参加者の通過時間を確認する人、コースの案内をする人、交通整理をする人、会場整備をする人、何十人ものボランティアが各CPでこの大会を支えてくれているわけだ。彼らは自治会の担当者だったり、地元婦人会だったり、学生だったり、いろいろだ。ただただ感謝する。

CP5からCP6の矢倉沢公民館まではなだらかないいハイキングコースだ。ここもランには楽しそう。この日の午後になって右ひざの後ろの筋肉が張ってきて痛むようになった。伸ばすと痛い。坂道を登り下りするときはサボ度痛みは感じないが平地を歩いているときは脚を伸ばす必要があるので痛む。消炎スプレーをかけたり、痛み止めのアスピリンを飲んだりしたがあまり効果なし。そのまま歩き続けた。矢倉沢公民館は会社のランニングサークルで足柄峠ランをした時に通りかかったところだ。この日も峠を駆け下りてくるランナーが何人かいた。この辺は北山茶で有名なところ。茶畑がきれいだ。このCPでも地元のご婦人が食料を提供していた。地元にとっては一台イベントらしく通しすがありの多くの人が声をかけてくる。

CP6からCP7のふじみセンターまでは600mほどの登りがあるがきれいな山道だ。新緑が美しい。このCPがある駿河小山町に下りてくると里に戻った気分になりこの後に続く険しいコースを考えると気持ちを盛り上げるのが大変なところだ。センターに着くころは薄暗くなり昼間の暖かさも消え冷え込んでくる。自宅での暖かい夕餉が恋しくなる。次への意欲をさらにかき消してしまう条件だ。このCPも主要なCPで次に控える大きな登りコースへ準備基地のような感じになっている。専門学校の生徒がスポーツストレッチをしてくれている。あまり期待してなかったがとりあえず受けてみた。都合4回受けてみた。初々しい学生が一所懸命に痛む足をストレッチしてくれた。 ここにはファーストエイドもあり看護師が傷の応急処置をしてくれる。

そう、ここは分岐点。ここまで80kmを歩いてきて各人が相当の疲労を感じている。里に下りてきたという感覚もあり次の難コースに行くか行かざるか、まさにハムレットの心境になるCPだ。ここで多くの参加者がリタイアする。リタイアしたチームはここでしばしビールを飲んで談笑していた。

制限時間一杯を使って歩く予定のチームはここを夜の11時までには出発しないと到着が難しくなる。そこで、ここで仮眠をとり、英気を養ってから夜間に出発するチームが多い。我々もその一つだ。

ストレッチをしてもらい、食事をしてから広い仮眠所で一時間ほど仮眠できた。夜10:30いよいよ出発。天気予報によると夜間の気温は4度。真冬並みだ。ライトを点けて出発。

CP7からCP8までは最後の難所。まず一気に700m位の登りで不老山に登る。実に急な登りだ。階段状になっていてロープも張ってある。このコースをいくつものチームがライトを点けて登っていく。風もなく実に静かな夜だ。月も満月に近く明るい。おかげて星が少ない。同じようなペースのチームだ。抜きつ抜けれつで進んでいった。

不老山を下った後で改めて湯船山の登りも険しい。暗くてよく見えないが道が細く切り立っている。注意が必要なルートだ。静かな山にも時折強風が吹きそのつど大きな杉の木がうなりを挙げる。恐ろしくなる。それでも夜間のこうして山中を歩くという経験は久しぶりだ。神経が研ぎ澄まされる。

風が吹くと冷える。雨具を上に羽織った。

深夜、多くの人が寝静まった時間にこうして山の中を黙々と歩いている集団がある。興味深い。いろいろな体験ができた。

急坂を登りつめて視界が急に開けたとき、そこに大きな月が重そうに地平線近くに垂れていた。前をあるく人がシルエットになってその月と重なる。空は月明りでうっすらと見える。実に幻想的だ。何と表現してもこうした状況は説明できない。体験したものだけが感じるものだ。

4時くらいになると東の空がうっすら明るくなり山の端がくっきりと見えてくる。遠く里が見渡せるようになったある一瞬だけで見られる光景も素晴らしかった。

明るさが増した4時半ころにCP8に到着。ここは小さなCP.天幕の中にストーブが炊かれていた。その周りの椅子に座った参加者は毛布にくるまり爆睡中。一人が椅子から転げ落ちた。寒い。

残すは7Km.もうすぐゴールだ。制限時間内に到着するためには6時ころには出た方が安心する。我々は5:30にCP8を出発しゴールを目指した。

まず三国山に300mの登り。広い林の中は今回のトレールウォークで600人が歩いて作ったと思われるルートがいくつかあった。その位お広い登りだ。一旦下ってからまた200mの登りで明神山に登る。ここがラストのクライマックスになった。明神山に昇る途中から富士山が顔を見せ始めた。そして頂上につくとドカーンと白い富士山が現れた。何と言うことか圧倒される迫力。山中湖も白い富士山もそして遠く南アルプスまでもが眼前に広がった。これだ、これが今回のつらい苦しい二日間のご褒美た。登っているだれもが興奮している。

それまでの二日間を振り返ってしまう。疲れた、脚も痛かった、いろいろなことに耐えなければならなかった。それでも、歩きとおす、と言う一念で歩き続けた。記念写真を撮った。

おまけのプレゼントも頂いた。それは明神山からの下り。火山性の小石の坂道を転げ落ちるように走って下れた。この二日間、歩き続けた。でも時折走りたい衝動に駆られた。走るのに絶好のルートも多かったからだ。それでも4人のチームで歩く限りは勝手に走るわけにはいかない。その反動で明神山からは一気に駆け下りて後続を待った。楽しかった。実に楽しかった。昨日痛めた右ひざの後ろ側はストレッチのおかげで痛みはなかった。衝撃の少ない坂だったせいか走ることができた。

山中湖に下って途中でサポートしてくれた人と合流し会社のTシャツで揃えてゴ~~~ル。会場には先に到着したチーム、そのサポーターでにぎわっていた。

迎えてくれた方の車で温泉に向かった。富士山が眼前にドーンと広がる温泉に浸かってから帰宅。

来年?また参加したい。ボランティアでもサポーターでもいい。

準備完了ーOxfamトレイルウォーカー

明日からいよいよ始まる。

小田原から箱根、、、、を経由して山道を山中湖までの100Km.これを48Hrで歩くというイベント。この時間と距離はウルトラマラソンとか秋に延期された「ULTRA-TRAIL Mt.FUJI(ウルトラトレイル・マウントフジ)」(UTMF)と比べると「ゆるい」。でも私にとっては初めての距離。チャレンジです。

他のウルトラマラソンやUTMFと違うのは4人がチームで全員が完走することが条件。これが大事。それと参加チームは12万円以上の募金を集める必要がある。つまりチャリティーである。

このイベントに職場から2チームが参加する。他のチームは外人が3人と日本人のBoysチーム。私は何と女性3名のGirlsチームに混ぜてもらうことになっている。両手と片足に花、状態。あは。

数日間降り続いた雨で心配していたが天気予報では晴れ。ほっとしている。でもこれまでの雨で山道はグシャグシャでしょう。

早いチームは土曜日のうちにゴールするらしいが我々のチームは48Hrをたっぷりと楽しむ。日曜日の朝、山中湖に到着する予定。山歩きを楽しんできます。

http://trailwalker.jp/index.htm

追加の募金に協力していただける方はここからお願いします。http://www.justgiving.com/FantasticFourJapanII

東日本大震災 報道写真展

午後は用事があったので休んだ。目的地に行く前に途中下車して有楽町の朝日ホールで開かれている「東日本大震災報道写真展」を見てきた。震災後の朝日新聞には数多くの写真が掲載されてきた。そのすべてがすごい力をもって訴えるものを感じていた。TVで見る動画は確かに状態がよくわかる。ただ、訴えるものがない。それに対して静止画(写真)がなんとも強い力を持っているのを感じていた。その写真をパネルで見たかった。

展示は震災直後の凄惨な状況を映した写真とその後の復興の光が見えだした写真とに分かれて展示されていた。新聞の写真のあるような短い解説とともに。

やっぱりすごい、感じた。圧倒された。こうした情景を映したカメラマンの心がひしひしと伝わってきた。写真は「心」だ、なんてわかったような気になった。こころの中は見えないけど、、、、とACのCMは言っているけど写真を通してわかるような気がする。

その後はついでに御徒町にでかけて、トレイルグッヅを購入。http://www.blackdiamondequipment.com/ja-jp/shop/mountain/lighting/storm-headlamp このストームのヘッドランプはいい。軽くて明るい。

トレールウォーカー試歩

トレイルウォーカーのことを知ったのは一年前。職場から2チームが参加したということを聞いた。これは日本だけでなく世界的に行われている長距離のウォーキングイベントであり同時に募金も募る。日本での開催は今年で5回目。5月13-15日に行われるらしい。コースは小田原から箱根経由で山中湖までの山道を100Km。ここを48時間以内で歩く必要がある。制限時間から言うとトレイルランニングのそれと比較するとゆとりがあるがそれでも100Kmもある。今の自分には初めての距離であるしチャレンジングなイベントであることは確か。

今年も職場から2チームが参加予定でその中に入れてもらう予定。その試走をしてみた。同行者は同じチームで参加を予定している女性3名。彼女たちは昨年も参加して80Kmまで到達したが悪天候で断念。ことしはリベンジ。

小田原駅からそのまま歩き始めて出発点の城山運動公園。天気は快晴。暑くもなく寒くもなく快適な天気だ。途中は春の花が満開。いい時期だ。 ここからすぐに素敵な里山の道を歩き始めるが穏やかで静かないい里だ。こうした日本の里山はすばらしい。海外ではあまり見られない箱庭のような密度の濃い風景は素晴らしい。

お嬢様たちはとちゅうのキンカンを失礼。

塔の峰までの登りの途中になぜ?と思えるような廃車が残っていた。周囲は杉の林で山道しかない。どうやてここまで運んだのか不思議である。

出発点から二時間あまりで最初のチェックポイントである阿弥陀寺に到着。

下ってお玉の池とか精進池のわきを通って箱根公園に到着。ここまでのルートもきれいに整備されたハイキングコース。さすがに箱根は古くからの国立公園らしく風景にも品格がある感じがする。芦ノ湖を見下ろす別荘も格段の差がある。

箱根には車でも自転車でも来たことがある。そこを歩いたのは初めて。たしかにこうして歩いてみると車、自転車で走り過ぎると見逃す、見ることができない物、景色がたくさんある。車、自転車、脚、それぞれの移動のツールには有利な点、不利な点があるものだ。こうして歩いてみて歩いての移動にもいいことがたくさんあることを再認識した。

本日の歩行距離25Km。本番はこの4倍になるわけだ。時間がかかるのは実感できた。

平成22年の終わりにあたって

紅白を横目で見ながら振り返ってみる。

今年のハイライトは何と言ってもランニングを始めたということに尽きる。3月に自転車グループで都内の花見見物ツアーをした際に「6月に行われる北マラソンにでないか」と誘われた。それまでに何人かの知人がランニングをしているのを聞いて興味を持っていたところに火が付いた。その場で参加を承諾。それから練習が始まった。4月の走行距離、65Km。慣れない靴で近所を走ってみた。ショッピングモール界隈。そして多摩湖自転車道。ある日、狭山湖と多摩湖の周辺をゆっくりと走った時に合計18Kmになった。意外と走れるものだ、とこの時に長距離を走れる感じがつかめた。5月に83Km。もともとトレイルを走ることに興味があったので青梅丘陵を走ってみた。楽しかった。かつてMTBで走ったようなところを今はランニングしている。6月は103Km。初めてハーフマラソン大会に参加した。それから距離は順調に伸びて12月には187Km走った。4月からの総距離は990Km

自転車にも乗っていた。5月には知人と自宅ー日光ー郡山ー水戸ー千葉までの4日間のツアーをした。10月には奥会津ー只見のツアーもした。やはり田舎道を長距離走るのは楽しい。しかし、ランニングの距離が延びるのに反比例して自転車の走行距離は短くなった。年間の総走行距離は6362km。昨年は7950Kmだった。

診断士関連では実務補修の副指導員として5日間だけ若い診断士と過ごした。充実したいい時間だった。

PMP関連では「プログラム標準」の翻訳に参加。10名以上が参加したプロジェクトの一端を担ったが中途半端に終わってしまった。単に翻訳しただけで終わった気がする。そして、もう一つ。Configuration Management Standard。翻訳委員会に入会した2008年の秋に着手してから足かけ3年かかった。最初の翻訳をほとんど一人で済ませたがその後の監修を担当する人が見つからなかったり監修後の手直しに何人かがたずさわってきて時間がかかった。それでも10月頃に出版にたどりついた。後半はあまり時間が取れなかったが最初から手をつけた翻訳だったので完成は嬉しかった。

自治会では副会長になった。大きなトピックとしては自治会の活動に使っている熊野神社の社務所の建て替えの計画が具体化してきたこと。準備委員会が発足になり会合を何回かすすめ地域の長老からも過去のいきさつ、意見を聞いて少しづつ話が進んできた。まだまだ先は長い。

今年はひさびさに山岳会OBたちと北海道の山に登れたのもハイライト。

もう一つ。11月からこのブログを始めてみた。ウエッブサイトを構築するツールであるWordPressに興味があったのでこれを使ってみたかった次第。

こんな感じの一年だった。何と言っても健康に過ごせたことを感謝している。ツイッターでは何回も「ああ、わしゃ幸せじゃ」とつぶやいたものだ。