多摩湖の夕陽と自分

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日曜日の午後。小春日和に穏やかな一日の終りはやっぱり多摩湖ラン、かな、ということで出かけた。

走りなれた狭山丘陵の自転車道路を走って多摩湖。穏やかな日曜日。たくさんの方々が散歩できていた。家族、カップル、夫婦、、、こういう場所は幸せの象徴のようだ。

その中で一人で走っている方とか自転車に乗っているかたとか。大勢。

多摩湖の堰堤にくるとちょうど太陽が沈む頃だった。無風で多摩湖の湖面はなめらか。漆塗りの器の表面のようだ。

遠くを見ると紅い陽が上と下に2つ。上下対象の絵が見えた。美しいと感じたのでiPhoneカメラで撮ってみた。富士山も入ってちょうどいい絵が撮れた。

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沈む夕陽に感動したと同時に自らの体力が沈んでいくのを感じた。

自宅からここまで約10Km。ここまで順調に走ってきたがここからは辛い走りだった。何回も歩いてしまった。体に故障があるわけでもない。ただ、足に疲労を感じただけ。その疲労も耐えられないほどでもない。単に疲れただけ。走らされたとしたらそのまま走り続けたでしょう。それでも、誰も見ていないし強いられているわけでもないし。だから歩いた。

かつてはこんなことは稀だった。10Kmを越えても快適に楽しく走れた。体力の衰えか。なんとも抗しがたい状態だ。走っているペースをGPS時計で見てもそれほど早いペースではない。ゆっくりとしたペースで走っているにもかかわらず疲労を感じる。これが老化なのか。

こんな体験は今年になって時々感じてきた。ターニングポイントなのか。

私は常に上を目指してトレーニングするようなアスリートではないので特別な負荷をかけて走っているわけではない。いつも快適なペースで走っている。その快適なペースが落ちているのは確かだ。

それでも自分はアスリートとは思っていないのでこのまま快適なペースで走り続けるつもり。私はアスリートではない。私は旅人なんです。

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