太宰府私的ガイドツアー

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太宰府。かつてTCCという自転車関連のグループで一緒に走っていた友人がここでボランティアガイドをしている。この日は彼に1日中案内してもらった。

10時にホテルで待ち合わせて薬院駅から電車で行き、最寄り駅から歩いてまずは水城(みずき)跡。これは7世紀頃に朝鮮、中国からの敵が大宰府に侵入してくるのを防ぐ為の防護壁。博多方面から太宰府に至る沢状の一部に幅1.2Km高さ10mの土塁を築いてある。ここから彼のガイドが始まった。
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彼がいつも使っているガイド資料を使って説明してくれたが実に充実した資料だ。

この水城は実際には戦いはなかったが内堀、外堀があり敵が攻めてきたときは内堀から外堀に水を流して水をはることもできる。

そこからら官道と呼ばれる立派な道が博多方面に続いている。太宰府を訪れる人はここを通っていた。その官道が一部残っている。画像の説明

更に進んで太宰府政庁跡。ここにある大宰府展示館は彼の仕事場らしい。当時の宴会でだされた料理が展示されていたがあっとうてきに充実していた。これは令和の年号を採用された和歌が作られた宴会の食事とか。大伴旅人が主催した宴会。
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風は爽やかだが日差しが強い日だった。近くのコンビニでランチを買って政庁跡の東屋でランチ。ここは昭和の最近まで田んぼだったとか。長い間にはかつての町並みが消えてしまい田んぼになっていたことに年月が経過することの力を感じた。
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そして坂本八幡宮。ここにはかつて大伴旅人の館がありここで宴会が開かれ、そこで唄われた和歌から「令和」が採用されたと言われている。お陰で参拝者が急増。画像の説明 画像の説明

次に、観世音寺。ここは規模が大きく、当時の九州のお寺の中では強い権力をもっていたそうだ。ところが秀吉がこの寺を訪問した際に寺の関係者がそそうをしてから秀吉からの支援が減ったために寺の規模は縮小した。
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さらに歩いてようやく太宰府天満宮。それまでは観光客が少なく閑散としていたがここに来て急に人が多くなった。
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ちなみにこの天満宮の宮司は菅原道眞の40代目の末裔らしい。名字は西高辻。
宮司の住居。
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天満宮の裏には広い梅林がある。その季節には随分ときれいに咲くようだ。茶店も数軒あるがその中のお石茶屋のエピソード。その茶屋のお石さんが美人で評判が高く政治家の麻生太郎の曽祖父麻生大吉がぞっこんだった。そのお石さんが山の向こうにある自宅からこの茶屋に通うのに遠回りしていることを聞きその山を貫通するトンネルを私的に作ってあげたらしい。それが通称「お石トンネル」
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ここには国立九州博物館があるので入ってみた。建物は立派だが展示品は比較的少ない。あっという間に終わってしまった。
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天満宮の参道に戻った。この参道の両側には江戸期には宿がならんでいたようだ。各藩が専属の宿がありここは日田藩の定宿。
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そうした宿は今は参拝客相手の茶店になっている。
長州藩の定宿だった松乃家でお茶。
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これで太宰府ツアーは終わり。16km歩いた。
彼の豊富な知識の感嘆。私がかつてインバウンド向けの自転車ガイドをしていたころの知識の薄っぺらさを後悔した。

ホテルに戻ってから彼の家の近くのお店で打ち上げ。モツ鍋が実にいい味だった。

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楽しく昔話、今の話に花がさき長居をして別れた。

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